大人になって、色々な人と一緒に仕事したり、結婚したりして初めて、自分の思ってる「当たり前」って実は、人それぞれだったのだと、気づいたりします。
わたしは、義父母と最初から同居だったせいか、それはそれは色々びっくりすることだらけでした。
実家の当たり前と、婚家のあたり前が、真反対なこともあって。
良い悪いでさえも、です。
でも全く違うのだけれど、実はどちらでも大丈夫なのだと、だんだん気づいたわけでした。
そして、お蔭様で自分の受け入れられる間口が拡がって来たように思います。
年齢を経てくると、結局は、「どれだけ他を受けいられるか」なのだな~と思うようになりました。
受け入れられるかどうかで、自分の幸福感というか、気楽さというか、平穏に生きられるのかが、違うように思うのですよね~。
もしかしたら、色々なモノ事に出会って、それを卒業していくことで、自分の受け入れ間口が拡げられていって。
それが、自分のタマシイの成長につながっているのではないかと思うのです。
以前、知人に聞いた事なのですけれど。
自分のキャパを無理やり広げられる出来事って、何かというと。
配偶者を持つ。
子どもを持つ。
部下を持つ。という事だと言うのですね。
それって、考えてみると「自分の思い通りにならない相手」なのですよね。
だから、きっと「介護する」ことも入りますね~。
人が何故、腹がたったり、ストレスを感じたりするかと考えてみると、「自分の思い通りにならない」「自分の考えた予定通りに進められない」「自分の価値観を無視される」などなど。
結局は、「自分」なのですよね。
絶対的に、「自分とは違う」相手と、一緒に行動しないといけないとき。
特に、子育ても、介護も、「自分のことが自分では出来ない相手」だし。
それなのに、「自分の思う通りには動けない」わけで。
これは、かなり苦しいけれど、何とかしないとしょうがない。
でもこの時、きっと自分の枠が、ぐぐ~ってひろげられて行く時だと思うのです。
痛いけれど。
なので、色々、ちょっと理不尽かも?と思うような出来事って、きっと、自分が伸びるチャンスなのでしょうね。
そう思って、対峙すると、ちょっと苦しくても、しょうがない、やってみるか~と、私の場合は思ってきたのでした★
問題が起ったときに、その問題を”受け入れる”までが一番苦しいですよね。
でも、あ、これで自分のワクを拡げてもらえるな~って、思えたら。
苦しいながらも、受け入れやすいのではないかと思います。
そして、気が付いたら、少々のことでは「大丈夫!」って思えるようになっていました。
夫のこと、娘のこと、息子のこと、自分の病気、土地問題・・・と次々とあったのですが。
(興味がある方は、下線部分をクリック)
そのお陰で、今の家に引越してから、ほぼ同時進行の3人の介護と、5人のベビー誕生前後のお世話とが、やってきました。
でも、自分の枠が広がっていたお陰で、意外に楽しく、させていただけたのだなぁと、思っています。
いま、苦しくても。
それは絶対「途中経過」なんです。
そして、”結果ラッキーは決まっています”。
自分で「不幸」をオーダーしない限りはね。
だって、この世に産まれてきたのですから。
この世に産まれてこれたことは奇跡ですから。
全員に、宇宙(神さま仏さま)から、幸福になるように生きる力を与えられているのだけど。
でも、人間には「自由」があって、ロボットではないので。
自分で「だめだ~」とか「無理~」とかの言葉を自分にかけてしまうので。
うっかりすると、不平、不満、妬み、嫉み、憎み、恨み、などの思いを相手に起こしてしまうので。
それが宇宙にオーダーされてしまうのですよね。
宇宙のオーダー(潜在意識のパワーと言っても良いけど)って、主語は関係なくて。
そういうマイナスな思いは、もれなく自分にきちゃうんですよね。
と、私は信じていまして。
おかげさまで信じた通り、何があっても、結果はラッキー、有難いと、思うことが出来るのです。
自分の人生って、結局は「自分がどう思うか」で出来ている訳です。
だから、そう思えば、思った通り。
だったら、訓練してでも、ラッキ―と思って生きた方が、結局ラッキーではないでしょうか~?
★ご参考までに、これまでの知恵袋♪はこちらから★
おばあちゃんの知恵袋♪その10・生まれてくれてありがとう・誕生の記憶
おばあちゃんの知恵袋♪4・男性脳と女性脳で言葉の理解が違う★
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