にこにこ介護のおススメ・これって認知症のせいだったとわかった事

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介護していた二人の母は、認知症でして、要支援1から要介護5でお見送りするまで、ほぼ全部を経験しました。

物忘れや、徘徊、って事はよく聞いたことがあると思いますが、認知症の症状には、思いもかけないことが沢山ありました。

たぶん人それぞれの症状が違ったりすると思われますが、こんな事も病気のせいだと知ってると、怒らずにすむのではないか、と思います。

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忘れるって、こんなことまで

認知症は、色々な事を忘れてしまう、という事は理解していましたけれど、母は洋服を重ねて着たりしていました。

ズボンを二枚履いたり、長袖Tシャツが無くなったなぁと思ったら、何枚も重ねて着ていたり。

以前TVで、実際に認知症の方が「不安だから沢山着る」のだという話をしていて、きっとそれもあったのだと思います。


けれど、義母を見送ったあと、自宅に実母を引き取ったのですが、その時に納得したことがありました。

母は自分で着替えることも、歩くこともできました。

体は、ちゃんと動くのです。

でも、着替えてね~と言うときに、「着替え方」がわからないのです。

「着る順番」というべきでしょうか。


シャツを着てね、とシャツ出すと、パジャマを脱がずにシャツを着ます。


1~2歳の幼児に着替えさせるように、はい、脱いでね、これ着てね、と出してあげたら、ちゃんと着ることが出来るのです。

これも、認知症の症状の一つだったのでした。



着替えだけではありません。

トイレも一人で入れるのですけれど、脱がずに用を足そうとしたり。

そもそも、座る位置がちょっと違ったり、したのでした。


トイレの場所を認識している時は、まだよいのですが、夜中などは、妄想で歩いているのかもしれません。

部屋のクローゼットを開けて、そこがトイレだと思ったり。

部屋の中のカバンや、ごみ箱を便器だと思って用を足したり、もありました。


実家で暮らしていた時は、無意識に場所を理解しているので、そんな事はほとんど無かったようです。

が、私の家に引き取ってしまってからは、家の中で迷子になっている状態でした。

なので、体は動くし、自分で色々が出来るのですが、常に「見守り」が必要なのでした。



義母の方は、まだ自力でトイレに行かれる時、自分で出るか出てるのか、がわからなくなっていました。

旅行に行ったとき、入浴しようとしたら、脱いだとたんに出ちゃったことがありました。

それなのに、本人気づいていなかったのです。

それで、そうか!わからなくなっていたのね、と理解できたのです。


なかなかそのような事は、本人は言わないし、こちらも聞けないので困るのですが、注意しても直せることではないわけなのです。



ただ、「そういう事、そういう症状なんだ!」という事を、私が理解できたので良かったです。

最終的に、母はプロの手にお任せする事になりましたが、素人がお世話することは難しい、と心底思ったので、後悔はなかったです。


満腹中枢や五感も

食べること、についても、びっくりの連続でした。

義母は普段は、そんなに食べれる人ではなかったですし、子どもの頃から「体が弱かった」そうです。

けれど、満腹中枢も、錯誤するんですね。


バナナを置いて出かけたら、短時間の間に、5本全部無くなっていましたし。

実母も、実家で弟と暮らしていた時、菓子パン数日分を全部食べてしまったり、アイスを一度に何本も食べてしまっていたりしました。

本人は、もちろん、記憶にありませんから「食べない」と言いますし、お腹もほとんど壊さないのです~!



人間の体って、無意識(潜在意識)の部分からも「意識」しなければ、病気って、少ないのかもしれません。

義母も、実母も、骨折したり脱臼したりしても、忘れてしまうと「痛み」も無くなるのです。


義母は、何度も胸椎や腰椎を、圧迫骨折しました。

痛くて、寝返りも出来ず、一時は救急車でストレッチャーにも乗せれずに、釣られる状態で入院したのですが。

翌日には、忘れてしまって。

痛くなくなり、装具などもすぐ外してしまうし動けるし、結局、2週間ほどで退院しました。

本人が痛くさえなければ、もう背骨が曲がっても、歩くのが少し不自由でも、タイセイに影響ないかな~って感じでした。


実母も、肩を脱臼して、はじめはとても痛がったのですが。

整形外科で、はめてもらっても、直後に「固定」しておくことが出来ないのです。

本人は、痛かったことも、脱臼した事も覚えていないので、痛みがなくなればすぐ動かして、またすぐ脱臼してしまうわけです。

治すには、「手術」するしか無いと言われたけれど、手術後の固定ができない訳ですし。

結局、脱臼したままでもいいか、という事になりました。


不思議なことに、そのままのはずなのに、その後それなりにちゃんと手を動かせていました。



人間のカラダの不思議、も感じさせていただいたわけです。

介護を通して、今までの自分の「常識」が、どんどん崩れていきました。


なので、前回も書きましたが本当に「どっちでも良い」のだなぁと思いました。

結局、介護する「私」が、色々なことを「気にしない」ならば問題ない~?って感じです。



色々なことに「引っ掛かり」さえしなければ、人生に起こる出来事はすべて「面白い」ですね~。

そんな事も、思わせていただけた介護経験でした。


そして、よく思っていたことは。

人生が一つの大~きなパズルだとしたら。


もしかして、赤ちゃんや幼児の時に「全部丸ごと、そのまま認められる経験」とか、「何か」のピースをはめれずに老齢になって。

認知症になって、最期にそのピースをはめないと、この世を卒業できないのかもしれない?かも?と思ったのです。

そして、私の人生の中でも。

介護経験させていただく事で、何かのピースを埋めさせてもらえるのかもしれません。


そう、思ったら、「何故自分だけ?」とか、「貧乏くじをひいた?」など思う事って、意味ないですよね。

ものすごい「超ラッキー」なことかもしれません。


そう思ってしまえば、大変なような経験も、「ありがたい経験」に変わっていきました。

きっと、いい事ありますよ~!笑



また、ご縁がありましたら、のぞきにいらしてくださいね。

長い文章お付き合いくださいまして、ありがとうございました。


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